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五井野正博士のリサイクル運動とは

江戸時代の優れた循環思想

 日本で最初に人口統計を行った享保18年(1733)9月の江戸の人口は53万6380人だった。
この数は町と寺社門前町人つまり定住している庶民人口だけだが武士、僧侶そのほかの人口もほぼ同数だったことになっているので総人口は約二倍の100万~120万人ぐらいだった。この数は幕末期までほとんど変動していない。
 この人口で深刻なゴミ問題が発生しないはずがないのだが、むしろ人口の少なかった17世紀のほうがゴミ問題は深刻だった。しかも元禄期の高度成長が終わり都市としての形が出来上がるとゴミの処理の仕方もリサイクル(循環して前の段階に戻すこと)の方法も洗練され捨てるものが極端に減ってしまったのである。
 しかも江戸のリサイクルは立派に産業の一部として成り立ち大勢の専門の商人や職人がリサイクル業で利益を上げ生計を立てていたのである。
 江戸時代のリサイクル業は三種類に分類される。(1)捨てられるようなものを修理し必要に応じて新品の販売や古物の下取りもした職商人、(2)修理・再生が専門の業者で、壊れてしまったものを使えるようにする業者、(3)回収を専門とする業者である。
このうち回収を専門とする業者のなかでお金を払って便所の糞を回収してくれる「肥汲み」があった。それらは農業において大事な肥料となった。このように江戸時代は完全循環思想が確立されており、それを実践していたのである。

 それに比べ当時の西洋では水洗トイレはなく、もちろん日本のように糞を肥料にする考えなどないから糞尿は街の川などに垂れ流しだった。街じゅう悪臭がひどく一説ではそのためにフランス王室は郊外にベルサイユ宮殿を作ったとも言われている。また西洋で流行したペストの原因もこのような不衛生な環境が原因であった。そのころ江戸では隅田川の水は飲料が可能で、船遊びなど庶民は大いに楽しんでいたのである。

 現代の日本では江戸時代は文明が未発達で鎖国した閉鎖的時代だったという誤った認識がある。
しかし近代化を遂げた今の日本は江戸時代と比べ本当に豊かで住みよい環境なのだろうか。古い世代の行ってきた方法がすべて未発達な方法で科学的でないとは言い切れない。
 むしろ江戸時代の循環思想は科学的に理想的であり、環境倫理学の「自然の生存権の問題」、「世代間倫理の問題」、「地球全体主義」の三点の基本的主張にかなう思想ともいえる。
 じゃあ江戸時代のようなリサイクル方式を世界規模で現実化できるかといえば、世界各国のそれぞれ置かれた状況や大企業などの思惑も絡むためすんなりとはいかないだろう。
 だが、かつての日本で行われていたリサイクル思想を同じ日本人である私たちが少しでも実践できないことがあるだろうか。実は現代日本でもゴミ問題が深刻化していた頃、リサイクル思想を実践するため立ち上がった人々は存在したのである。

現代日本で行われたリサイクル運動、
それがウイッピー運動だ


 日本国内で昭和49年に勇気ある人々によって環境問題が提起されていた。日本の象徴である富士山の緑と湖を守ろうと環境汚染を調査研究し、後に近代日本で最初に資源のリサイクルシステムを訴えた五井野正博士が代表を務めるウイッピー総合研究所によってである    
 当時ゴミ問題で問題視されていた空き缶はゴミとして燃やされるか埋め立てられていた。しかし空き缶がブリキで作られていたため成分のスズが地中や河川に蓄積され奇形魚を生みだす原因になっていたこと、さらにゴミと燃やされることで大気を汚染していることをウイッピー総合研究所で調査し、その結果を世に訴えたのである。 
 さらに環境を破壊している空き缶のポイ捨ての原因は消費者、自治体、企業の三者による無責任によって引き起こされていること、これを打開するため消費者には空き缶をゴミとして分別してむやみに捨てないこと、自治体も分別回収、プレスするなど資源回収と公害防止という観点から問題解決に努力すること、そして企業側にも飲料メーカー、製缶メーカー、製鉄板メーカーの責任所在をはっきりし回収責任を明確にすることを五井野博士は提起し、さらに実際に道端に捨てられた空き缶を仲間と共に東京から京都までリヤカーを引いて拾い集め世に訴え続けたのである。拾い集めた空き缶の数はなんと十万個にも達した。

 これは当時、新聞やテレビなどで数多く取り上げられ全国的に話題になった。このウイッピー運動を機に日本では資源再利用というシステムを消費者、自治体、企業の三者によって実施していくことになる。 
このウイッピー総合研究所によるリサイクル運動以前には企業側は回収責任は自治体にあるとして売りっぱなしの態度だった。しかし五井野博士が提唱したリサイクル理論と運動によって企業側も責任をやっと認め自動販売機には必ずゴミ回収箱を設置し資源として再利用するようになったのである。このことは世界でも類を見ないことであった。   
 当時外国でも回収行動は自治体と消費者の責任という概念だった。企業側にも責任があるという概念を実は日本が世界で始めて認め実施したのである。
 その最大の功労者こそが五井野正博士、その人なのである!!
それを証明するかのように、平成6年デンマークで開催された浮世絵展覧会において、五井野博士が環境問題について講演を行った際にデンマークの大学教授がすかさず博士に歩み寄り、「以前はゴミだらけだった日本が、なぜ突然環境が美しくなったのか、環境への意識がなぜ突然変わったのか不思議でしたが、あなただったんですね!ミスター ゴイノ」と感動していたというエピソードがあります。
 また五井野正博士は「循環して前の段階に戻すこと」を意味する「リサイクル」という単語を日本の資源リサイクル運動で初めて使った人でもあり、実に日本の環境問題のパイオニア的存在なのである。
 

 今では各市町村でも環境保護運動として空き缶拾いなどの回収運動が行われているが、20数年前にはそんな行為は異質な行為のように見られていた。
 実は私も中学生のころ朝早く一人で学校の周囲を清掃したことがあったが、悪いことをしているわけではないのになぜか他人の目が気になり恥ずかしかったという経験をした。

 環境問題など誰も関心のない時代に確固たる信念がなければ環境保護運動など続けられるものではない。
ウイッピー総合研究所の勇気ある行動によって一つの国の環境問題に対する意識が大きく変化した事実は、今後、世界規模の環境問題解決への何らかの道標になるのではないだろうか。



五井野正博士リサイクル運動インタビュー
1978年NHK若い広場




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